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Open Repositories 2024懊悩記:行くべきか行かざるべきかそれが問題だ

山岸 瑶果

24/11/5

京都大学

4月末某日。

発端は課長からの呼び出しである。

「山岸さんちょっと今、話、いい? …あ、大丈夫? じゃあ、別室いこうか」


……いや、待て待て待てーい!

なんだなんだなんだ、え、別室? え、やらかし? ねーこれやらかし?

だって、課長だよ? これまでほぼ掛長や補佐越しにしかお話ししたことのない御方だよ?

上司の上司が平職員の山岸指名ってどういうこと??

絶対そうだ、やらかしだよ。

やべー

過去の自分、なにやった?

たしかに異動してきたばっかりなんで、持ち前のコミュ力/Zeroを遺憾なく発揮しちゃってますが?

終始笑顔で緊張を誤魔化すことに努めすぎて会話終わるたびに記憶なくしてますが?

終了のお知らせじゃん、怖いんだが……。


突如発生したイベントに焦り散らかす脳内を真顔で蓋をして"別室"とやらに入室した。


「まぁ、とりあえず座ってよ」

「あ、ありがとうございます恐れ入りますすみません」


呼び出しの理由は全く見当もつかないが、私の口は既に謝り態勢に入っている。


「これなんだけどさ、」

課長の手元から目の前に差し出された白黒の見慣れぬ紙。

うわなんか英語ばっかり載ってる! そんなグローバルなやらかしですかまじですか???


来月さ…ちょっとスウェーデン、行ってみない?


・・・ は?


ナンカオモッテタノトチガウ


えーっと、すうぇーでん? あの北欧の? IKEAのとこ? てか「行ってみない?」てなんや。え、死んだ? いつのまにトラ転[1]したんや。異世界転生(ただし地球に限る)的な?? っていやいやいや。いくら前任者との力量差に魂飛びかけてたとはいえ、さすがにないない。落ち着け自分。


「そこに書いてあるOpen Repositories 2024[2]っていう国際会議がおよそ1か月後にスウェーデンであって。要は、その会議に参加してきてもらいたいって話」

「おーぷんりぽじとりーず…いっかげつご……スウェーデン………」

「そう、1か月後にスウェーデン。まぁ今回のは参加といっても発表とかはしなくて大丈夫だから、とにかく色々聞いてきてほしいんだよね。たぶん、帰ってきたら何かしらの報告はしてもらわなきゃいけないけど、今回は掛員に経験を積んでほしいという目的も大きいから、あんま気負わず考えてみてくれる? ま、自分もこの話、5分前に部長から受けたばっかりなんだけど(笑)


5分前!? 急展開過ぎて課長もわろてるやん(笑)


「な、なるほど。えーっと…? ありがたいお話なのですが、えっと、一旦、今日は持ち帰ってパスポートの有効期限が切れてないかだけ確認させてもらってもいいですか……?」


そういう訳で謎の呼び出しは海外出張の打診でした。よかったよかった。


なんて安心して終われるわけもなく。

行くべきか、行かざるべきか。それが問題だ。


悩んだ結果、私はなけなしの勇気を出して「YES」と返し、おかげさまで人生初の海外出張を経験することができたのですが、振り返ってみると一番エネルギーを使ったと感じたのは、行くと決めたその時でした。


こんな人間に共感する方がいるかは分かりませんが、行くと決めるまでの逡巡懊悩をお話ししようと思います。


直感を信じる


率直に「おもしろそう、行ってみたい」と思いました。


そう直感を抱くと同時に、心の中の卑屈で天邪鬼で陰気な部分が「私なんかには身に余る」「やめた方がいい」と断り文句をせっせと練りあげてしまいました。

そして練り上げられた言葉はあたかも自分の本当の気持ちのように思えてしまいました。


しかし私は知っています。

奴は、私が何かに挑戦しようとする時にむくむくと湧いてきて、私の行く手を阻む者。奴は、私が失敗して悲しむ未来を生むまいと、私の心を守る者。


だから、直感を信じました。


でも……怖いです、正直。直感を信じるのは。

そんな時、少しの勇気を出すためのコツみたいなのがあります。


全てを肯定してみる


ここに、どれだけネガティブなことでも肯定的に返してくれる全肯定応援団長を召喚します。

そして、自分が不安に思っていることをぼやいてみるのです。


"異動後まだ間もないのに…"

→何も知らないから何でも聞けるさ!!!


"リポジトリまだ詳しくないし…"

→出張のテーマがILLや利用者サービス(過去4年携わった)だったとして、「自分は詳しい」自信あるか? いや、ない。いつまでもたっても詳しい自信なんてつかないものさ!!!


"OA詳しくないし…"

→やったね! 最高の舞台で勉強できるよ!!!


"英語話せないし…"

→今更。義務教育から数えて十数年勉強してきた、入職後も毎年英会話に通った、でも話せない。今断ったとして、じゃあいつなら英語話せるようになるの? 行っても行かなくても英語話せないのに変わりないから、行った方がお得です!!!


"他にもっと優秀な人がいるし…"

→その優秀な方々もこういったチャンスを糧にしてきた!!!


"もっと若い職員もいるし…"

→若手職員に譲ることは簡単だけど、逆に若手職員から機会を譲ってもらうことは絶対にない!!!


"仕事で行くのに収穫ゼロだったらどうしよう…"

→何が収穫かなんてわからないし、きっとそこから何かを見出してくれるはず!自分を選んでくれた上司を信じよう!


"京大代表がこんな私で恥ずかしくない…?"

→恥ずかしいと思われるほど他人は私に興味ないよ! 逆に大丈夫!!!


"お金足りるかな…"

→お金はなんとかする。最悪借りる。クレカは後払いできる!!!


"パスポート期限切れなんじゃ…"

→切れてたら再発行すればいい。今は申請から受け取りまで最短1週間で受け取れるらしいぞ!!!


"通常業務が1か月遅れ状態。遅れの元凶(=私)が更に遅れを生むのか?"

→1か月遅れが1か月1週間遅れになっても大差ないんじゃ!!!


結論、「素直になれ、なんとかなるさ」の精神です。


ちなみに、うじうじと悩んだ末に行くと決めた海外出張Open Repositories 2024ですが、いざ行ってみると、とても楽しかったです。初めてのことばかりで、不安も戸惑いも驚きもハプニングもありましたが、そのたびに学び成長している実感が得られ、自信になりました。貴重な機会をくださった上司、色々な場面で助けてくださった職場の皆様、応援してくださった皆様に心から感謝申し上げます。この記事が、私と同じように「自分なんて…」と尻込みしている方の背中を優しく押してあげられたなら嬉しいです。





追記

自分語りばかりでは恐縮ですので、最後にOpen Repositories 2024で見聞きしたことに触れさせてください。多くのプログラムに参加して様々なことを見聞きしましたが、JPCOARウェブマガジンですので、その中でも現在の私の業務とも関連が深い、リポジトリソフトウェアのDSpaceについてのみ簡単に報告します。日本でJAIRO Cloudが普及している[3]ように、海外ではDSpaceというシステムが広く使われています[4]。京都大学もDSpaceを使っているのですが、そのバージョンアップに難儀しており、他機関の知見を集めることも目的でした。


ありがたいことにDSpace関連のセッションでは、多くの発表でバージョンアップや他システムからの移行に言及があり、とても参考になりました。特に印象深いのは、チェコの国立技術図書館による発表[5]です。当該図書館では、技術スタッフの不足等の理由によりInvenio[6] 1からDSpace 7への移行を始めたのですが、その道は波乱万丈前途多難。発表では矢継ぎ早に失敗事例が紹介され、しまいには『失敗リスト(Complete list of bugs, mistakes and what you can ask)』まで披露されて、「おれたちはこれだけの失敗にぶつかり、乗り越えてきた。もし君たちがこのリストにあるような失敗にぶつかったときは、ぜひおれたちに相談してくれ。きっとおれたちの経験が君たちの助けになるから」と語っていたのがかっこよかったです。いっそ清々しい程に曝け出したそのメンタリティが実に見事でした。聴衆の多くもそれぞれに心当たりがあったようで、発表後は活発な質疑応答が行われ、会場全体が同志あるいは戦友といった類の不思議な一体感が生まれました。


Open Repositories 2024で様々なことを見聞きした結果、残念ながら弊学の抱える課題をまっすぐ射貫く答えは得られませんでしたが、他機関の開発画面や開発運用過程を知ることができ、また、他機関のシステム担当者と人脈を築けたことは大きな収穫でした。更に、CRIS[7]・出版・査読・引用などにまつわる外部システムとの連携事例を見聞きし、リポジトリの可能性について視野を広げることもできました。


出張から数か月が経ち、もはや過去になりつつありますが、そこで学びを得られた経験が、確実に今の業務に繋がっていることを感じます。今後も自分なりのペースで一歩ずつ、時に勇気を出して速足で頑張ります。



 

[1] 「トラック転生」の略語。主人公がトラックに轢かれて(撥ねられて)死んだことにより転生してしまうことを指し、異世界転生もの小説で頻繁に使われる導入である。pixiv. “トラック転生”. ピクシブ百科事典. 2024-07-04. https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E8%BB%A2%E7%94%9F, (参照 2024-10-28).

[2] The Open Repositories Steering Committee. OPEN REPOSITORIES CONFERENCE 2024. 2024-07-08. https://or2024.openrepositories.org/, (参照 2024-10-10).

[3] JAIRO Cloudの利用機関数は750。※2023年度末時点オープンアクセスリポジトリ推進協会(JPCOAR). “JAIRO Cloud”. jpcoar. https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/page/42, (参照 2024-09-25).

[4] DSpaceのTotal Membersは106、Total Known Installationsは3,161。 ※2022/7/1 - 2023/6/30DSpace. "DSpace Annual Report 2022-2023". DSPACE. https://dspace.lyrasis.org/wp-content/uploads/2023/10/AR-2023-DSpace.pdf, (accessed 2024-09-25).

[5] Vyčítalová Hana, Petra Černohlávková, David Gerner. "From Invenio1 to DSpace7: Sustainability of an Institutional Repository in Practice". the Open Repositories 2024 (OR2024). 2024-06-26. https://doi.org/10.5281/zenodo.12548342, (accessed 2024-09-25).

[6] InvenioはCERNが開発した汎用リポジトリソフトウェア。- “欧州原子核研究機構(CERN)と国立情報学研究所(NII)、次世代リポジトリの共同開発に関し覚書を締結”. カレントアウェアネス-R. 2018-10-24. https://current.ndl.go.jp/car/36897, (参照 2024-09-25).- CERN & contributors. "About Invenio: A brief story of an open source project". INVENIO. https://inveniosoftware.org/about/, (accessed 2024-09-25).

[7] 研究者情報や業績データベースを指す。山岸が聞いたのはDSpaceの拡張機能である「DSpace-CRIS」の発表。- Goldschmidt Oliver. "Understanding and Using the ORCID Integration in DSpace and DSpace-cris". the Open Repositories 2024 (OR2024). 2024-06-28. https://doi.org/10.5281/zenodo.12579504, (accessed 2024-09-25).- 4Science S.p.a. "DSPACE-CRIS: WHAT IS IT ?". 4Science. https://4science.com/dspace-cris/, (accessed 2024-09-25).



 


文:山岸 瑶果(京都大学)
六甲山のトンネルを抜けて、有馬温泉を通り過ぎたあたりの出身です。2020年4月京都大学に入職。
先日、子供の頃から憧れていた仮面ライダーの変身ベルトを予約してしまいました。ベルトの到着を楽しみに、日々変身ポーズの練習に励んでいます。




 

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