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かたつむりの気になる国際動向

オープンアクセスメガジャーナルの逆襲(?)

佐藤 翔

24/7/10

同志社大学

1.メガジャーナルは衰退しました……?

 2006年に創刊されたPLOS ONEは、対象とする分野を細かく限定せず、査読を簡略化し、手法と結果の解釈が妥当なら論文を掲載する、その分、査読も早く終わる……という斬新な編集方針が研究者に受け、一時は1年間の掲載論文数が3万本以上という、超巨大タイトルとなりました。PLOS ONEの立役者のBinfield氏は同誌のモデルを「オープンアクセスメガジャーナル」(以下、メガジャーナル)と名付け、いずれはNature等のハイブランド雑誌を除けば、多くの論文はメガジャーナルに掲載されるようになり、結果的に全世界の論文OA率も飛躍的に向上するだろうと予想しました。実際にPLOS ONEを真似したクローン雑誌も続々と誕生し、世はメガジャーナル一色となるかに思われました[1]。

 しかしBinfield氏の予想から7年後。Springer Natureが創刊したScientific Reportsが後発でありながらPLOS ONEを論文刊行数で追い越すなど、メガジャーナル内部での勢力図の変化はありつつも、出版される学術論文数全体に比べれば、メガジャーナル掲載論文数は3%未満。年間1万本以上の論文を刊行する雑誌も、結局はPLOS ONEとScientific Reportsのみで、他のクローン誌は休刊するほどではないが「メガ」にはなり得ていない。メガジャーナルは興隆したが、その後は停滞している……という話を、かつて『情報の科学と技術』誌上でおこなわれていた、「オープンサイエンスのいま」という連載のトップバッターとして、自分が紹介しました。この連載は後に書籍化もしましたが、書籍編集段階ではScientific Reportsが完全にPLOS ONEをぶち抜いていて、PLOS ONEの論文数は年間15,000本前後と最盛期の半分くらいで落ち着き、だいたい年間4万論文にいかないくらいがメガジャーナルの需要ということで落ち着いたのかなあ……などと考えていました[2]。

 このとき自分は、裏で着々と進行していた、新型メガジャーナルの興隆に、まるで気がついていなかったのです。


2.新型メガジャーナルの興隆

 学術情報流通の世界でPLOS ONEやScientific Reportsとはやや性質の異なる、新たなタイプの「メガジャーナル」が勢力を強烈に拡大していることを報告したのは、2023年に米国医学会JAMA誌に掲載された、スタンフォード大学のIoannidis氏らによる調査でした[3]。この調査では文献データベースScopusを用い、2022年に出版された生命医学分野の論文の掲載誌と、掲載本数を集計しています。その結果、1年間に2,000本以上の論文を掲載している雑誌が55誌存在し、その掲載論文数は合計で30万本以上で、生命医学分野の年間発表論文数のおおよそ4分の1に達していることが判明しました。2015年には年間2,000本以上の論文を掲載していたのは11誌と2022年の5分の1、総掲載論文数も全論文の6%程度であったということなので、大型雑誌の勢力は大幅に拡大しています。さらに年間3,500本以上論文を掲載している雑誌は、2015年にはPLOS ONEとScientific Reportsだけだったのに対し、2022年には26誌も存在していました。それどころか、2022年には2つの雑誌がPLOS ONEを抜き去り、年間15,000本以上の論文を掲載する、まごうことなき「メガジャーナル」の域に達していたとのことです。

 JAMA掲載の調査は2022年の、生命医学分野の雑誌のみを対象とするものでしたが、同様にScopusを用いて、2023年の、全分野の雑誌の場合を佐藤が新規に集計したのが表1です(上位10位まで)。2023年にはPLOS ONEが再び2位に返り咲いており、またJAMAの調査で2022年の世界2位だった雑誌が収録対象から除外されるなどの変化が起きていますが、年間掲載論文数が1万本を超えている雑誌がPLOS ONEとScientific Reports以外にも出てきているのはご覧のとおりです。このうちIEEE AccessはIEEEの、HeliyonはCell Press系列(Elsevier)の、いわゆる「メガジャーナル」の系譜に属する雑誌です。Nature CommunicationsはNature本誌に比べればインパクト低めとはいえ、「科学的に妥当」なら載るという体裁のメガジャーナルではありませんが、掲載論文数はメガジャーナル一歩手前(10,000本目前)まで来ています。


表1. 2023年の掲載論文数上位10誌

Scopusを用いて集計。対象は雑誌掲載論文、原著論文に限定。

2024年5月30日データ取得


 これらの伸長もそれぞれ興味深いところではありますが、表の中で異彩を放っているのはMDPI出版の雑誌が4誌もランクインしていることでしょう。これらはいずれも、それなりに広い分野を扱っているとはいえ、これまでのメガジャーナルほどに広く分野をとって論文を受け付けている、というわけではありません。また、別に科学的に妥当であればインパクトは考慮しないよ、等とわざわざ方針で明記していたりもしません(新規のアイディアを積極的に受け付けるよ、等と書かれていることはありますが)。そういう意味ではある程度、分野を区切った、メガジャーナルではない普通のオープンアクセス雑誌に見えなくもない……のですが、それらの雑誌がPLOS ONEのようなメガジャーナルに匹敵するほどに伸びてきている、というのが昨今の状況です。図1に表1に示した10誌の、過去10年間の掲載論文数の推移をまとめましたが、MDPIの雑誌は10年前は、多くても1,000本少々(それでも十分大きいですが)の論文が載る程度で、PLOS ONEには比べるべくもない状態でした。それがじわじわと論文数を増やし始め、2020年にSustainabilityが年間10,000本を突破、2021年にはApplied Sciences、2022年にはInternational Journal of Molecular Sciencesも10,000本を突破しました。各誌とも2023年は伸びが鈍化、もしくはやや減少していますが、依然として多くの論文が掲載され続けています。


図1 . 2023年の掲載論文数上位10誌の過去10年間の論文数推移


Scopusを用いて集計。対象は雑誌掲載論文、原著論文に限定。

2024年5月30日データ取得



 ちなみに日本所属の研究者に限定した場合、Scientific Reportsが1,945本でほかを大きく引き離した首位、次がPLOS ONEの763本、3位には応用物理学会のJapanese Journal of Applied Physics(678本)が入ってきて、次がNature Communications(600本)、5位にやっとInternational Journal of Molecular Sciences(591本)がランクインと、世界全体とはかなり様相が異なりますが、一応、上位にMDPI出版の雑誌も入ってきます。


3.新型メガジャーナルの特徴 

 日本での存在感はまだそこまでではありませんが、少なくとも2018年から状況は大きく変化し、現在では従来のメガジャーナルとはちょっと違う、必ずしも分野を広く取らない新型メガジャーナルが新たに興隆し、従来型メガジャーナルが成しえなかったシェアの急速な拡大を実現しています。年間10,000本前後の超上位陣に限定しなければさらに多くの雑誌がランクインするわけで、JAMA掲載の調査によれば、生命医学分野で年間3,500本以上を掲載する26誌のうち、11誌はMDPI刊行タイトルで、ほかに7誌がSpringer Nature傘下に収まった、Frontiersの刊行タイトルであった、とされています。Fronitersの方もFrontiers in Immunology(免疫学)、Frontiers in Oncology(ガン)など、分野を限定した雑誌であるのはMDPIと同様です。

 ここまであえて触れてきませんでしたが、これら新型メガジャーナルの共通する特徴は、掲載論文の大半が特集号(Special Issue)掲載論文である、という点にあります。いずれの雑誌においても、通常の定期刊行の巻号とは別に、独自のゲスト・エディターが編集(査読体制)を監督し、特定のテーマの論文を受け付ける特集号の企画を、大量に並行して動かしています。先に挙げたMDPIの例でいうと、2024年6月現在、Sustainabilityで1,500以上[4]、Applied Sciencesでは1,900以上[5]、International Journal of Molecular Sciencesでは2,800以上[6]、Sensoersでも1,400以上[7]の特集号について、論文を受け付けています。掲載論文数ではなく、論文を受け付けている「特集」の数がこのオーダーですから、それぞれの特集で数本の論文が集まるだけでも、総掲載本数はえらいことになるわけです(中には論文が集まらず成立しない企画もあるでしょうが……)。実際、個々の特集を適当に開いて見ても、その特集としての掲載論文数は数本程度だったりします。

 ゲスト・エディターや投稿者にとってみれば、自分たちの扱いたいテーマの論文を集めて刊行できる、それも一定の知名度のある雑誌上でできるわけで、うまく行けばそのテーマの存在感の向上にもつながります(端的にいえば次回の投稿者獲得につながります)。雑誌側としてはゲスト・エディターは公募することが多く、そもそも特集企画自体も公募で受け付けたものであることも多いため、自身や専属の編集委員会の労力をかけずに、多くの論文、そして多くのAPCが得られます。良いことづくめです。

 特集号に大きく依拠する運営体制については、通常号で獲得した雑誌の評価を、質の管理が不十分な特集号で食いつぶすことになるという批判もあります[8]。一方で実態としては特集号がほとんどを占めるようになったからといって必ずしも評判が下がっているわけではないようで、例えばSustainabilityのScopus上のCiteScore値は絶対値でも年々、上昇傾向にあり、分野内での相対的ランクもわずかずつながら上昇しています。ゲスト・エディターが多すぎて編集方針の一貫性が保てないのではないかという指摘もありますが、MDPIの査読レポートについて、他社の雑誌の査読レポートに比べても特に問題は見いだせない、というプレプリントも出ています[9]。なんなら、特集号掲載論文の方が通常号掲載論文より被引用数が多い場合もあるという研究もあります[10]。


4.新型メガジャーナルに問題はないのか?

 大量の特集号で成り立っている新型メガジャーナルになんの問題もない……かといえばしかし、まったく問題がないわけでもなく、むしろ昨今はその問題点に注目が集まっています。JAMAの2022年調査で世界2位の掲載論文数だった雑誌が、2023年からScopus収録対象外となっていることにも、その問題が現れています。また、MDPIやFrontiersほど目立ってはいませんが、やはり特集号に力を入れていたHindawiが、ブランドとして廃止されることになったのも、まさに特集号がはらむ問題のためでした。

 ではその特集号がはらむ問題とはいったいなんなのか!……を、扱うには、いささかこの記事は長くなりすぎました。特集号の問題点が気になる方は、2024年7月に刊行された『情報の科学と技術』誌7月号から始まった新連載、「続・オープンサイエンスのいま」第1回で、佐藤が詳しく解説していますので、ぜひそちらをご覧ください![11]

 ……あまりにも露骨な宣伝ですが、『情報の科学と技術』では分量の関係で広げきれなかった昨今の新型メガジャーナル情勢を扱いつつ、一回やった話は繰り返さないで済むという、実に合理的な手法であるとご理解いただければ……。JPCOARウェブマガジンはウェブ媒体だからカラーで細かいグラフを載せるのもやりたい放題だし……。



 

[1] 佐藤翔. オープンアクセスメガジャーナルの興隆,と,停滞. 情報の科学と技術. 2018, vol.68, no.4, p.187-188. https://doi.org/10.18919/jkg.68.4_187, (参照2024-06-07).

[2] 南山泰之編. オープンサイエンスにまつわる論点:変革する学術コミュニケーション. 樹村房, 2023, 168p.

[3] Ioannidis, J. P. A. et al. The Rapid Growth of Mega-Journals. JAMA. 2023, vol.329, no.15, p.1253-1254.

[4] “Special Issues”. Sustainability. https://www.mdpi.com/journal/sustainability/special_issues, (参照2024-06-07).

[5] “Special Issues”. Applied Sciences. https://www.mdpi.com/journal/applsci/special_issues, (参照2024-06-07).

[6] “Special Issues”. International Journal of Molecular Sciences. https://www.mdpi.com/journal/ijms/special_issues, (参照2024-06-07).

[7] “Special Issues”. Sensors. https://www.mdpi.com/journal/sensors/special_issues, (参照2024-06-07).

[8] Crosetto, P. Is MDPI a predatory publisher?. Paolo Crosetto. https://paolocrosetto.wordpress.com/2021/04/12/is-mdpi-a-predatory-publisher/, (参照2024-06-07).

[9] Maddi, A.; Boukacem-Zeghmouri, C. Fast, furious and dubious? MDPI and the depth of peer review reports. Research Square. 2023. https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-3027724/v1, (参照2024-06-07).

[10] Repiso, R. et al. The prevalence and impact of special issues in communications journals 2015–2019. Learned Publishing. 2021, vol.34, no.4, p.593-601.

[11] 佐藤翔. オープンアクセス雑誌における特集号(Special Issue)の問題(Issue). 情報の科学と技術. 2024, vol.74, no.7, p.267-270.


 

 

文:佐藤 翔( 同志社大学 )
1985年生まれ。2012年度筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科修了。博士(図書館情報学)。2013年度より同志社大学助教。2018年度より同准教授。2024年度より同教授。
図書館情報学者としてあっちこっちのテーマに手を出していますが、博士論文は機関リポジトリの利用研究で取っており、学術情報流通/オープンアクセスは今も最も主たるテーマだと思っています。
学部生時代より図書館・図書館情報学的トピックを扱うブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」を開始。ブログの更新は絶賛滞っているものの、現在は雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』誌上で同名の連載を毎号執筆中。本連載タイトルもそれにちなんだもの。かたつむり(というかなめくじ)ネタが続きますが、うちの子どもが見つけて面白がっていた自宅周辺のなめくじたちに、その子どもが育てているひまわりの芽が食べられる被害が発生。なめくじ駆除剤が散布されることに。諸行無常。


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