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かたつむりの気になる国際動向
「転換雑誌」は「転換」しない cOAlition Sの分析から
佐藤 翔
24/1/10
同志社大学
1.「転換雑誌」とPlan S
連載第1回は機関リポジトリ≒グリーンOAの話をしたので、第2回はゴールドOA(OA雑誌)関連の話題から。
2018年の発表以来、OA界隈をリードしてきたPlan S(cOAlition Sによる助成研究成果の完全・即時OA方針)ですが、その中でも「転換雑誌」モデルに採択されている雑誌の2022年の状況の分析結果が、2023年6月に公開されていました[1]。
Plan Sではいわゆる転換契約(購読料とAPCの一括契約モデル)に応じている出版社のハイブリッド誌(購読型雑誌だけれども、APCを追加で払えばOAにできる)であれば、APCの支払い分についても研究者を補助するという形で、これまで転換契約を推進してきました。そして出版社丸ごとの転換契約を結べない場合の代替策として、雑誌単位でOAに転換する「転換雑誌(transformative journals)」という枠も設け、この対象と認められた雑誌についてもAPCを補助してきました[2]。2022年には16出版社、2,326タイトルの雑誌が転換雑誌プログラムに採択されていました。
転換雑誌プログラムの対象となるのは単なるハイブリッド誌ではなく、完全OAに「転換」する姿勢がある……つまり、いずれは購読費を一切求めず(当然、ビッグディール契約の対象タイトルからも外れる)、APC等のみで運営され読者は誰でも無料でアクセスできる、いわゆる完全なOA雑誌になる用意がある雑誌です。その「姿勢」の有無を判断する具体的な要件としては、毎年、前年に比べて「絶対値で5%以上」、「相対値で15%以上」、OA論文の割合が増加していること、そして出版する論文の75%以上がOAとなった場合には完全OA誌に「転換」することが求められます。「絶対値で5%、相対値で15%ってなんだ?」と初めて聞いたときはしばらく首をひねりましたが、どうやら単純な前年のOA割合とその年のOA割合の差が「絶対値」、その差を前年のOA割合で割った値が「相対値」ということのようです……まだわかりづらいな(汗) 式で書くと以下のようになります。
絶対値 = (n年のOA割合) – (n-1年のOA割合)
相対値 = ((n年のOA割合) – (n-1年のOA割合))/(n-1年のOA割合)
例えば雑誌Aの2021年のOA割合が5%、2022年が12%だったとしましょう。絶対値は12% - 5% = 7%なので、「絶対値5%」の割合はクリアしています。相対値についてはは7% / 5% = 140%なので(なんで100倍しないといけないのかは%表記の意味が云々とかを考える必要があります)、余裕でクリアです。しかし同じ絶対値7%増加でも、2021年のOA割合が60%、2022年が67%だと、相対値は7% / 60% = 11.7%にしかならず、要件を満たせていない、ということになります。要は、OA割合が低い時期はちょっとでもOA割合が増えていればいいことにするけれども、それなりにOA割合が増えてきたならOA割合を増やすペースも加速させなさいよ、ということです。
転換雑誌プログラム参加出版社は毎年、データをcOAlition Sに提出する義務があり、そうして提出されたデータの分析結果が今回、報告されたわけですが……その結果や、如何に?
2.「転換」した雑誌はわずか1% 68%は目標達成できず
如何にも何も結果はタイトルに書いてあるわけですが、まず転換雑誌プログラム参加2,326タイトル中、2022年に完全OAに「転換」した雑誌は26誌のみでした。約1%! 内訳としては米国機械学会(ACM)1誌、オクスフォード大学出版局(OUP)3誌、ケンブリッジ大学出版局(CUP)5誌、Elsevier 6誌、Springer Nature 11誌とのことです。数だけ見るとSpringer Natureすごいと思えますが、Springer Natureは転換雑誌プログラム自体に1,721誌と桁違いのタイトル数を登録しており、「転換」達成率はむしろ全体平均よりも低いです。この中だとOUPが4誌しか登録していないうちの3誌が「転換」達成したのが突出しています。OUP、誠実。ちなみに5誌が「転換」したCUPも、2024年からはさらに40誌も「転換」予定だそうで、これもすごい!
「転換」は達成していないものの、「絶対値で5%以上、相対値で15%以上、前年よりOA割合が増加」の要件を達成できた雑誌は695誌で、全体の約30%でした。逆に言うと「転換」もせず、要件達成もできなかった雑誌が約68%(1,589誌)もあります。やる気あるのか!……ないのかもなあ……(なお残る約1%は自らモデルから離脱したり休廃刊した雑誌)
内訳としてはBMJは登録32誌中、転換達成はないものの30誌が要件をクリア、英国Royal Societyが登録4誌すべて要件クリアなど、全体にいわゆる学会出版系の雑誌の方が成績が良い傾向にあると報告されています(学会系以外だとKargerは7/7が要件クリア)。それに比べて成績が悪いのは完全な商業出版者系で、Elsevierは約63%が要件未達成、Springer Natureは約77%が未達成です(大手商業出版者のうちWiley、Taylor & Francis等は2022年の「転換雑誌」モデル参加誌なし)。特にSpringer Nature、非現実的なプログラム参加数といい、端から達成できると思わず参加していたのでは……? 同社についてはさらにひどい話として、「転換」の条件である75%以上のOA割合に至ったのに、一方的にプログラムから離脱した雑誌が少なくとも6タイトルあったとのことです。中には100%の論文がOAになっているタイトルや95%がOAになっているタイトルもあったとのことで、それなのに完全OAにならないってどういうことなのか……プログラム参加雑誌は「今年、ほとんどの論文がOAになったのはたまたまで、いずれまたAPCを支払ってOAにしようという著者が減ってくるかもしれないし、完全OA誌にしたら投稿が減ってしまうかも!」と思っているのかもしれませんが、しかしそうした完全OA誌もビッグ・ディールタイトルの中に含まれているとすると、今現在に限定すれば、購読者はいったい何に金を払っているのか、という話になります。というか、そんなことを危惧するならそもそも転換雑誌プログラムに応募しないで欲しい。cOAlition Sのレポートでも「このレベルのOAで転換する用意がないのであれば、唯一の論理的な結論は、完全なOAに転換することはないということだ」と悲しい結論を述べています。
3.「転換」しない「転換雑誌」とcOAlition Sの今後の方針
要件を達成できなかった雑誌は転換雑誌プログラムの対象から除外されるため、2023年の対象雑誌は大幅に減少しています。先のSpringer Natureのひどい事例を見ても、どうも「転換雑誌」プログラムはうまくいったとは言い難いようです。
元々、cOAlition Sは「転換」の支援を2024年までと定めていたこともあり、転換契約や転換雑誌への支援は2024年を以て予定通り終了すること、転換雑誌については新規の受付も停止することが2023年1月付けで発表されています[3]。予定通りの終了なので転換雑誌プログラムの進捗状況が影響した、というわけでもないのかもしれませんが、この様子だと購読型雑誌からOA雑誌への「転換」が、一部の雑誌にとどまらず全体に波及するという未来予想図は、あまり現実的には見えないような……?
[1] Kiley, Robert. Transformative Journals: analysis from the 2022 reports. Plan S. 2023-06-20. https://www.coalition-s.org/blog/transformative-journals-analysis-from-the-2022-reports/
[2] 船守美穂. プランS改訂版発表後の展開―転換契約等と出版社との契約への影響. カレントアウェアネス. 2020, (346), CA1990, p. 17-24. https://doi.org/10.11501/11596736
[3] cOAlition S confirms the end of its financial support for Open Access publishing under transformative arrangements after 2024. Plan S. 2023-01-26. https://www.coalition-s.org/coalition-s-confirms-the-end-of-its-financial-support-for-open-access-publishing-under-transformative-arrangements-after-2024/