Report
Global Summit on Diamond Open Access 2023 参加報告
前田 隼
23/12/26
国立情報学研究所
1.はじめに
2023年10月23日~27日にかけてメキシコ合衆国・トルーカにて開催されたダイヤモンド・オープンアクセスに関する国際会議、Global Summit on Diamond Open Access 2023 に参加してきましたので、その様子を報告します。
実際に私が参加したのは、会期中の10月25日・26日の2nd Diamond Open Access Conference と、27日午前の閉会式の正味2日半です。
2.ダイヤモンド・オープンアクセスとは?
まず、本会議でのダイヤモンド・オープンアクセス(以後ダイヤモンドOAと表記)の定義を以下に示します。
「ダイヤモンド・オープンアクセスとは、著者にも読者にも費用を請求することなく、研究成果をオープンに利用できる学術コミュニケーションモデルのこと」
著者がオープンアクセス費用を負担するゴールドOAモデルや、読者(多くは著者でもありますが)が費用を負担する購読型モデル(この場合はそもそも論文がオープンアクセスではない)とは異なり、両者に費用負担がなく、かつ最初からオープンアクセスで出版されるモデルがダイヤモンドOAです。
3.ダイヤモンドOAの課題
今回の会議の目的は、ダイヤモンドOAを取り巻く諸問題について、個々の国・地域でバラバラに取り組むのではなく、グローバルな枠組みで解決に向けて動こうという、その合意形成にありました。
ダイヤモンドOAの諸問題というのは、ダイヤモンドOAの特徴とも言える点で、主に以下の3つが挙げられます。
・小規模
・散在
・多言語
一言でいうと、ダイヤモンドOAジャーナルは、小規模で散在しており、世界中の様々な言語で出版されている、といえるでしょう。
このことと、オープンアクセス・オープンサイエンスで重要とされる以下のキーワードを関連付けて考えると、散在している状態のダイヤモンドOAジャーナルをグローバルスケールで結び付けて、大きな力にすることが必要ということがご理解いただけると思います。
Keyword: equity(平等性)、transparency(透明性)、sustainability(持続可能性)、community-led(コミュニティ主導)
特にダイヤモンドOAジャーナルの半数以上は、出版にかかる費用(運用コスト)の助成が得られなくなると1年以内に出版が立ち行かなくなることが明らかにされており、特に持続可能性という点から、世界的に一つのまとまりを作ろうというモチベーションが高まっています(ただ、この点では日本の「紀要」は少し状況が違うかもしれません。紀要の出版は既存の業務として大学の教職員(図書館職員を含む)に組み込まれており、助成に頼らないビルトイン・モデルとして持続してきた面があるともいえそうです)。
4.ダイヤモンドOA推進のモチベーションはなにか?
UNESCOやEuropean Committeeが特に声高に叫んでいたのは、オープンアクセスは「基本的人権」のひとつである、という点です。これが参加者共通の、もっとも根幹的なダイヤモンドOA推進のモチベーションであったように思います。
このモチベーションを、ヨーロッパにおける非営利で学術界主導(非出版社主導)のOA出版の加速の動きが後押しをしています。例えば、2023年5月のEU 理事会では以下のような結論が出されています。
“Authors should not have to pay fees (..) Non-profit scholarly publishing models should be supported...”
5.インフラと助成金の統合
冒頭で述べた「散在」というキーワードは、ダイヤモンドOA周辺のインフラと助成金(運営資金)についても言えることです。数多くの出版プラットフォームがあり、ダイヤモンドOAジャーナルごとに利用しているプラットフォームが違うことも普通です。これを統合する動きとして、ヨーロッパのOpen Research Europeが紹介されました。これは全分野を対象にしたダイヤモンドOAジャーナルで、間もなくEU諸国全域で利用可能になるということで、国レベルではなく地域レベルの出版プラットフォームとして機能することが期待されています。
また、助成金についても統合が必要との意見で議論が収束しました。現在は散在するダイヤモンドOAジャーナルに対して、散在する助成団体・個人が資金提供を行っているため、スケール・メリットが働きづらい状態だからです。また、ダイヤモンドOAに関して、多くの団体や活動、イニシアティブが混在していることで、取り組みのスピードとスケールに限界があること、このままの散在した体制では大手出版社との対抗(特に転換契約の先の展開への対応)が難しい、また単にスケール・メリットによるインフラ・資金の効率化という側面のほかに、Community of Practice、Open Science ecosystem の構築といった側面でも統合することに意味があるといったコメントもありました。解決へのスローガンは、”Together we are stronger.” でした。
6.4段階で世界をカバー
「統合」に関する具体的な構想として、またインフラや資金、人的リソースのガバナンス(運用と組織化)のアイディアとして、ダイヤモンドOAのグローバル組織立ち上げが提案されました。これは4つのレベルでダイヤモンドOAを世界的に組織化・統合しようという構想です。以下にその4つのレベルを示します(写真1)。
Global: Diamond Federation(GDF)
Regional: Diamond Capacity Hubs (DCH)
National/Local/Disciplinary: Diamond Capacity Centers (DCC)
Community: Diamond journals
写真1: 世界のダイヤモンドOAを4つのレベルで統合していく構想について議論する登壇者ら
ここで、Community となっているのがダイヤモンドOAジャーナルのことで、この部分は”Community-led”、つまり、学術界主導です。具体的な役割として、科学コミュニティ(研究者)によって組織される編集委員会で編集ガバナンス(ジャーナルの品質基準の策定・査読・採否決定)とコンテンツの保持を担います。
“Diamond Capacity Center (DCC)”は国、分野レベルの組織で、ダイヤモンドOAジャーナル刊行の補助業務を行います。具体的な業務として、著作権処理、タイプセッティング、予算管理、ジャーナルの品質基準・ガイドライン遵守に関する補助が挙げられ、そのほか、編集・刊行ツール、プラットフォーム利用に関する補助、多言語対応も担います。
“Diamond Capacity Hubs (DCH)”はDCCの上位組織で地域レベル(ヨーロッパ、アフリカなどの地理的大陸区分に対応するイメージ)でひとつ設置されるものです。主な任務は、DCCの人員・資金の確保です。人員の確保に関してはダイヤモンドOA出版に関わる専門職員について、国をまたいで異動させることも想定しています。
“Global Diamond Federation (GDF)”はDCHのマネジメントを行うとともに、出版プラットフォームの相互運用性の確保、サービスや資金の地域レベルでの均衡化などを行います。GDFの設立に向けた合意形成というのが本会議の大きな目的の一つです。冒頭で述べた通り、サービス・インフラ・資金の統合がダイヤモンドOAの課題であるため、このような4つのレベルでの組織化を行い、究極的にはGDFの設立によって世界レベルでの統合を図ろうという試みです。
7.一番白熱した議論「研究評価とダイヤモンドOA」
本会議で最も白熱したのが、研究評価とダイヤモンドOAというトピックでした(写真2)。議論の核となったのは、インパクト・ファクター(以後IFと表記)です。ダイヤモンドOAジャーナルは小規模で散在していることから想像できるように、IFがもともと小さく、ジャーナルとしてのインパクトは大きくありません。これは大前提として、IFがジャーナルのインパクトあるいはブランド力を示す指標であるという定義に基づいています。
写真2 研究評価に関して白熱した議論が繰り広げられた
議論では、IFがジャーナルのインパクト・ブランド力を示す指標であることは確かだが、研究者の研究評価に用いられているため、研究者がIFの高いジャーナルに投稿する傾向がある点について、問題提起がありました。つまり、研究評価にIFを使うのをやめるべきだとの主張です。
つづいて、ダイヤモンドOAジャーナルの発展という視点からも発言がありました。現状、研究者が学会を支え(組織し)、学会が出版社を支えている(学会誌の出版を委託)構造のため、ダイヤモンドOAに研究者を巻き込むにはこの構造を変える必要があるという主張です。これは本質的にはさきほどのIFの主張と同じで、研究者の出版(投稿・研究評価を含む)への関わり方を変えるべきだという意見です。この議論の流れの中で、合意が得られたのは、新しい評価システムの構築が必要かつ重要であることです。新しい評価システムとは、具体的には「メトリクス」、「OAかどうか」といった指標です。
一方で研究者サイドからの反論もありました。メトリクスやOAかどうかということでは、現在の評価制度において評価されないこと(IFの高い雑誌に掲載されることがキャリアパス上重要であること)が指摘されました。そのため、研究者サイドからは、図書館業界からの提案である、ダイヤモンドOAを主語にした研究評価の変革やダイヤモンドOAエコシステムの構築について、正直楽観的に受け止められないとのコメントがありました。これに対して会場からは、「長い目で見てエコシステムを作るのが研究者にとってもよいはずで、20年後にはこの取り組みが研究者に感謝されるものになっているだろう」とのコメントがありました。
筆者の私見を述べるとすれば、ダイヤモンドOAを推進するコミュニティ側と研究者のすれ違いが大きな問題であろうと思います。ダイヤモンドOAコミュニティのモチベーションが、知の共有は基本的人権というところであるのに対して、研究者はいかに早く不安定な雇用を脱し、パーマネント・ポジションを得るか、そのためにいかに魅力的なCV(履歴書・業績リスト)を準備できるかというところに関心(とプレッシャー)があるように思います。業績のうち、論文のことを考えると、投稿先のジャーナルがOAかどうかや各種メトリクスがどうだといった議論は、研究者=投稿者の側からすると眼中にないものだと思われます。たとえば、まずは論文数、そして内容と投稿先のジャーナルがあっているか、という点で評価されることもしばしばと思います。「内容と投稿先のジャーナルがあっているか」という評価の際には、すでに確立された有名なジャーナルが想定されていることも多く、ダイヤモンドOAジャーナルのように知名度という点で不利になる(=投稿先として選ばれない)場合もあると思われます。もちろん、すべての分野においてそういった評価軸とは限りませんが、いわゆるNature、Science、Cellなどの自然科学系、生命科学系には当てはまる部分が多いのではないでしょうか。
また、メトリクスなど(特に社会的インパクト)を重視してしまうと、実学分野ばかりに高評価が偏る結果となり、本来大学でこそ遂行できるはずの基礎研究が窮地に立たされかねない点を、筆者個人は特に危惧しています。
8.購読型ジャーナルはペイしているのか
ツールの話として、UnsubとOpenAlexの紹介がありました。まず、購読型モデル等、ダイヤモンドOA以外のジャーナルが本当にペイしているのかを自分で確かめるため、Unsubの利用が紹介されました。
次にダイヤモンドOAジャーナルが含まれていないデータベースであるScopusやSciVal、Web of Scienceからの脱却手段として、OpenAlexの紹介がありました。
9.トルーカ・ダイヤモンドOA宣言・・・ならず
当初最終日には、トルーカ・ダイヤモンドOA宣言が取りまとめられ、発表される予定でしたが、宣言としてではなく、”Conclusions and Way Forward”として発表されることになりました。この詳しい経緯は不明ですが、宣言とするための強い合意形成が関係機関の間で得られなかったのではないかと想像しています。
それはさておき、この文書の内容を要約したものは以下の通りです。
「ダイヤモンド・オープンアクセス(OA)とは、著者にも読者にも料金を請求することなく、研究成果をオープンに利用できる学術コミュニケーションモデルです。このモデルでは、コンテンツに関連するすべての要素は、学術コミュニティが主導し所有します。
既存および新規のダイヤモンドOAのジャーナル、リポジトリ、プラットフォームをグローバルに支援することで、公的資金による研究へのアクセスと普及の障壁を大幅に下げることができます。ダイヤモンドOAは本質的に “書誌多様性”を内包しています」
原文は以下です。
"Diamond Open Access (OA) is a scholarly communication model in which research outputs are openly available, without charging fees to either authors or readers. In this model, all content-related elements are led and owned by scholarly communities.
Support for existing and new Diamond OA journals, repositories, and platforms globally can significantly lower barriers to accessing and disseminating publicly-funded research. Diamond OA inherently embraces the concept of bibliodiversity.”
この文書の発表をもってスタンディング・オーベーションで会議は幕を下ろしました(写真3)。
写真3 スタンディング・オーベーションで閉幕した
私個人の感想ですが、本会議では、ダイヤモンドOAに関してヒト・モノ(インフラ)・カネの世界的「統合」を目指すこと、そのための課題と解決の見通しについて登壇者・参加者間で活発な議論が行われたというのが最も有意義なことだったと思います。また、その会場がメキシコといういわゆる欧米ではなかったことも意味のあるものだったと思います。つまり、中南米の核となるメキシコで開催することで、ダイヤモンドOAに関する欧米の潮流をうまく中南米に取り込む役割があったと感じています。そのような意味では、日本で同様の国際会議を開催することも有意義であろうと思います。特にダイヤモンドOAに関しては、日本には(それがダイヤモンドOAであるという強く明確な意識がなくとも)「紀要」を発行してきた歴史と文化があり、しかし同時にそれは世界からある種分断された形でのガラパゴス的進化(進化か?という議論はあるにせよ)だったと言えるからです。平たく言えば、本来”No border(国境はない)”である科学の世界、あるいはそのコミュニティが主導する(それこそCommunity-ledな)出版モデルを検討していくのであれば、日本はいままでのようなガラパゴス的な、あるいはGoing my way的な歩き方を見直し、世界の潮流を取り入れる必要があると思います。研究力の低下が否定できない状況の日本の現状を見ていても、世界から学ぶことの重要性は増してきていると感じます。
10.大学図書館の窓から
もうひとつ筆者個人の感じたことを述べたいと思います。それは大学の役割が少し変わってきたということです。筆者が大学に入学した2000年代初頭は学術情報、つまりジャーナルにアクセスできることが大学に入る大きなメリット(あるいは特権)の一つでした。しかし、ダイヤモンドOAの登場を待たずとも、2010年代には方法はどうであれ、オープンアクセスの占める割合が大きくなり、2020年代にはその勢いはより増してきています。この変遷を目の当たりにして思うことは、分野にもよりますが、ジャーナルにアクセスできることはもはや特権ではなく、確かに当たり前の権利のようになってきていること、そして、大学に入ることで学術情報の見つけ方・扱い方・見極め方などの訓練を受けることができ、その重要性が増してきたことです。大学図書館では従来から学術情報の見つけ方や見極め方などを教員や学生に広報してきていますが、同じことをやり続けていても、その需要や重要性が増してきているという点は指摘しておきたいと思います。大学図書館の窓から見ると、オープンアクセスによって見える景色が確かに少し変わってきていると感じます。
11. おわりに
以上駆け足でしたが、2023年10月23日~27日にかけてメキシコ合衆国・トルーカにて開催されたダイヤモンド・オープンアクセスに関する国際会議、Global Summit on Diamond Open Access 2023 の報告といたします。
文:前田 隼(国立情報学研究所)