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「博士論文インターネット公表」の現在地 2
やってみよう! 博士論文のリポジトリ登録
植山 廣紀
24/9/10
岡山大学
はじめに
学位規則では、博士論文をインターネット公表することを定めています。
この趣旨は、文部科学省によると「博士論文等の質を相互に保証し合う仕組みとして、博士論文等を相互に参照できるよう公表すること」にあります[1]。この業務は、多くの大学でリポジトリを管理している図書館や研究支援部門が担っているのではないかと思います。
今回は、過去に発行されている報告書や発表資料のほか、筆者(リポジトリを2年担当)の事例をもとにして、博士論文のインターネット公表の実務において生じる課題を整理します。
博士論文の登録業務を行うにあたって
博士論文の登録業務だけに限らない話ですが、リポジトリ担当者の不安に思う点として一番に挙げられるのは「業務を進めるにあたって、どの資料を参照してよいかわからない」「何に気を付けて仕事をすればよいかわからない」点なのではないでしょうか。
機関リポジトリ業務は、2000年代前半から大学の新たな業務となりました。また、前回も述べたように、博士論文のインターネット公表は2013年4月から開始されており、こちらはここ10年ほどの話です。
ここからわかるように、機関リポジトリ業務は伝統的な図書館業務に比べてかなり新しい分野といえます。このことが幸いして、リポジトリの業務は、Web上にある様々な資料を参照しながら進めることができます。
博士論文の登録とその周辺業務について、参考になる資料を本記事の最後にまとめましたので、参考にしてみてください。
博士論文登録業務の背景は?
2013年4月1日に施行された学位規則の改正(文部科学省)により、博士の学位を授与された者(以下、「博士号取得者」と表記します)は学位授与日から1年以内に論文全文をインターネットで公表することが定められました。インターネット公表は学位授与大学等の協力を得てすることとされており[1]、 この公表の業務をリポジトリ担当者が担うことになります。
ただし、「やむを得ない事由」があると大学が認めるときは、要約による公表ができることとされています(後述)。
気にしておくべき締め切りは?
学位規則では複数の「締め切り」が示されており、確認しながら処理することが重要になります。何よりも注目しておくべきなのは、学位授与日です。学位規則では、業務の期限が学位授与日を基準にして決まっていきます。
学位授与日から | 規則等 | |
(1)論文の内容の要旨、論文審査の結果の要旨の公表 | 3ヶ月以内 | 学位規則8条 |
(2)文部科学大臣への学位授与報告書の提出 | 3ヶ月以内 | 学位規則12条 |
(3)全文の公表 (やむを得ない事由がある場合は要約したものの公表) | 1年以内 | 学位規則9条 |
年間に複数回の学位授与が行われる大学では、締め切りの期日が異なる作業が重なる場合があることに要注意です。例えば筆者が所属している岡山大学のある研究科では、かつては年間に4回(3月・6月・9月・12月)学位授与が行われていたことがあります。
学位規則では、上記(1)(3)について、インターネットを利用して公表することを求めています。上記(2)「学位授与報告書」の提出については、大学によっては図書館ではなく学務系の部署が行う場合もあるでしょう。公表する論文データの収集においては、学位授与において実務を行っている部署(学務、研究科の事務担当者)との分担や連携も必要となります。
博士論文の公表に係るフロー(文部科学省「学位規則の改正概要」)
業務フロー
ステップ1 博士論文の収集
収集の方法は?
機関リポジトリ推進委員会コンテンツワーキンググループによる「博士論文のインターネット公表化に関する現況と課題(報告)」[2]では、インターネット公表状況の調査(調査1)と大学へのアンケート調査(調査2)により、登録作業の状況がまとめられています。
https://current.ndl.go.jp/e1707
ここで実施された「博士論文登録作業における実態調査」によると、博士論文の登録ルートが大学により異なることがわかります。調査大学数は18と限られていますが、その中で最も多かったのは「学生→部局→本部教務→機関リポジトリ担当」のルートでした。所属する大学がどのようなルートでデータを収集しているか、確認してみましょう。
なお、「やむを得ない事由がある場合」に該当すると、博士論文の全文に代えて要約を公表することができます。これに該当することを想定した対応の一つとして、博士学位審査の申請時には全文のデータとあわせて要約のデータの提出を要件としておくことが考えられます。
提出された学位論文のデータが正しくないと思われるときはどうしたらいいですか?
学位論文のデータは、多くの人の手を経てリポジトリ担当者に届きます。
その過程で、例えば学位授与報告書と内容の要旨、学位論文のタイトルのそれぞれが相違(修正が反映されていない)していたり、必要なデータが届かなかったり(例えば、やむを得ない事由を適用するのに要約ファイルがない)、手違いで全文でないデータが到着したり(例えば、本文ではなく図表のみが提出される)することがあります。
その時は、まずは関係者(学務系部署、研究科の事務担当者等)に照会し、データの追加提出や正誤確認を求めるなど、適切な処理を行います。必要に応じて博士号取得者に連絡を取り、必要なデータを収集します。
ステップ2 著作権等の調査、問い合わせ対応
著作権調査は、各大学の運用によっては著者本人が行う場合と大学が代行する場合があります。ここでは、共通する注意点を述べます。
著作権について、どこに気を付けたらいいですか?
大学や学問分野によっては、査読付きの学術雑誌に掲載された学術論文をもとにした論文を博士論文として承認することがあります(“テーシス形式”と呼ばれています)。この場合は、学会・出版社からポリシーが公表されている場合はその条件に従います。ポリシーが公表されていない場合は、個別に許諾の可否を問い合わせる必要があります。
JPCOAR人材育成作業部会が作成した「機関リポジトリの著作権とケーススタディ」[h]では、博士論文の著作権ポリシーの主な確認事項として以下の点を挙げています(一部改変)。
著作権ポリシーの主な確認事項
□投稿論文の研究内容を博士論文としてもよいか(多重公表)、それをインターネット公表してもよいか
□投稿論文=博士論文としてもよいか(テーシス形式)、出版社版をインターネット公表してもよいか
□公表できるバージョン
□公表禁止期間(エンバーゴ)
□出版社版へのリンクの必要性
□著作権,ライセンシングに関する注記
※ウェブサイトでポリシーを確認できない場合は、出版社・学会に問い合わせる。
「やむを得ない事由」とは?
「やむを得ない事由がある場合」とは、客観的に見てやむを得ない特別な理由があると学位を授与した大学等が承認した場合をいいます。文部科学省の通知[b]では以下のように例示されています。
1 博士論文が,立体形状による表現を含む等の理由により,インターネットの利用により公表することができない内容を含む場合
2 博士論文が,著作権保護,個人情報保護等の理由により,博士の学位を授与された日から1年を超えてインターネットの利用により公表することができない内容を含む場合
3 出版刊行,多重公表を禁止する学術ジャーナルへの掲載,特許の申請等との関係で,インターネットの利用による博士論文の全文の公表により博士の学位を授与された者にとって明らかな不利益が,博士の学位を授与された日から1年を超えて生じる場合
上記のような事由があり、大学等が承認した場合には、博士論文の全文に代えてその内容を要約したものとすることができるとされています。この「承認」の手続きは大学によって様々ですが、筆者が所属する大学の場合は、1年分をとりまとめて学長決裁を取ることにより承認しています。
これまでリポジトリ業務にあたった体感としては、やむを得ない事由は「インターネット公表が認められていない」「特許申請との関係で公表ができない」「論文として出版を予定している」「図書としての出版を予定している」等が主だったものでした。また、博士論文が電子ジャーナル等ですでに出版されている場合で、出版された版と同一のもの(いわゆる出版社版=VoR)が博士論文として提出された場合、全文の公表ができなかったこともありました。この場合も、「やむを得ない事由」として処理していました。
「やむを得ない事由」が無くなった場合には、博士号取得者は学位論文の全文を公表することが求められています。
博士号取得(予定)者から「論文を公表したくない」という問い合わせを受けたのですが……。
まずは事情を伺い、「やむを得ない事由」にあたるかを確認します。やむを得ない事由にあたると考えられる場合は、学内手続きの案内をします。
仮に「やむを得ない事由」にあたらないと思われる場合(個人的な事情など)は、学位規則と学内の学位規程により、博士号取得者が博士論文のインターネット公表の義務を負っていること、機関リポジトリを通して行うことを説明します。
学位規則改正の際の議事録を紐解くと、審議の過程で文部科学省大学改革推進室長が以下のように述べています。
「学位の条件として公表することを前提として当該課程に入学し,学修をして,論文を提出して,学位が授与されているのだからということで,その範囲内においてあらかじめ受け入れた形でその大学に所属していると考えて差し支えないと著作権課の方ともお話をしております」[3]
ここで述べられているように、「公表は学位規則において予定されていることである」と考えることができます。
なお、全文をインターネット公表しない場合は、図書館(大学)で全文を閲覧できるようにしておく必要があります(学位規則第9条2項)。また、インターネット公表をしない場合でも博士論文は国立国会図書館に送信を行う必要があり、送信された博士論文は国立国会図書館での閲覧や複写等の利用に供されます。この点については後述します。
ステップ3 メタデータの入力
メタデータの入力はどうしたらいいですか?
博士論文の公表は、大量の件数のデータを準備して公表する必要がある(しかも締め切りが決められている!)ために、スケジュールを把握して処理を進める必要があります。
博士論文の公表のためのメタデータの入力方法は、IRDBのサポートサイトと国立国会図書館のWebサイト[i][j]に最新の情報が掲載されていますので参照してください。正しくデータが連携されるためには、メタデータを整えておくことが必要です。使用するリポジトリシステムにより入力するフィールドが異なりますので、注意が必要です。
使用しているリポジトリシステムによっては、メタデータの一括登録ができる場合があります。これを活用できると効率化につながります。筆者が所属している大学が使用しているリポジトリシステムではCSVによる一括登録でメタデータのみを一括で作成することができましたので、インポートの後でメタデータに紐づくPDFを1件ずつアップロードしていました。
「論文の内容の要旨、論文審査の結果の要旨」は3か月以内、「全文」は1年以内の公表となっています。論文の内容の要旨、論文審査の結果の要旨の準備を先に進めておき、全文は後日可能なものから公表することも可能です。
博士論文にDOIを付与したいときの注意点は?
「 IRDBデータ提供機関のための DOI管理・メタデータ入力ガイドライン」を参照して、登録を進めます[l][m][n]。
本文ファイルの内容が「本文」または「要約」(学位規則第 9 条 2 項における、全文に代わるもの)のコンテンツにDOIを登録できるとされています。実際のDOIの運用は、リポジトリの運用規程などに照らして、機関内で判断する必要があります。
ステップ4 公表と事後作業
リポジトリでの公表とエラー対応
「論文の内容の要旨、論文審査の結果の要旨」と「全文」または「要約」が揃いました。
公表前には、それぞれのメタデータに正しいPDFデータが登録されていることを確認します。
ここまでの準備ができたら、リポジトリで閲覧可能にして公表します。「公開」ボタンを押して……、データが正しく公開ページに反映されていることを確認します。公開が確認できたら、無事に学位論文の公表は終了です。おつかれさまでした!
……と言いたいところですが、これだけでは終わりません。1週間に1度届く、「ハーベスト処理結果の通知メールです」というタイトルの通知メールを参照し、ハーベスト処理結果の確認と修正を行う必要があります。これについては、第4回JPCOAR Webinar「IRDB-カラクリと役割:どこから・どこへ・どのように-」にて、詳しい手順の解説がありました。
機関リポジトリに登録されたコンテンツのメタデータは、IRDBに収集(ハーベスト)されます。IRDBがハーベストしたメタデータはCiNiiや国立国会図書館に収集されて、提供先のシステムで利用されるようになります。連携先で正しい情報が提供されるためには、メタデータの修正は不可欠な作業となります。データを修正後、翌週のハーベストでエラーになっていなければ、ようやく作業は終了となります。
「国立国会図書館への送信」 について詳しく知りたいです。
国立国会図書館のWebサイト「国内博士論文の収集」で詳しく解説されています。
博士論文が「やむを得ない事由」にあたるために全文のインターネット公表をしない場合は、国立国会図書館の送信システムから博士論文を送信します。
公表日の延期/公表済みの博士論文の全文の非公表化の依頼がありました。どうやって対応すればいいですか?
学位規則により博士号取得者は博士論文全文の「1年以内の公表」が求められていますが、事情により公表日の延期や公表済みの学位論文の全文を非公表にするように依頼されることがあります。
「やむを得ない事由」にあたると大学が判断した場合は、大学内での承認手続きを経て要約公表に代えることで公表日の延期・公表の取り下げができると考えられます。
公表を延期した結果「1年以内の公表」を満たさなくなる場合は、全文に代わる「要約」を登録するとともに、下記のようにメタデータの調整を行います。
junii2の場合 | 著者版フラグ (textversion) をETDからnoneにします。 |
JPCOARスキーマの場合 | 要約に対応するファイルについて、「35.1 本文URL(jpcoar:URI)」のobjectType属性を"summary"に設定します。 |
「公表済みの博士論文の全文の非公表化」にあたるときは、国立国会図書館が博士論文を既に収集済みであるケースがあります。一度公表した博士論文を非公表にした場合は、国立国会図書館 博士論文担当へ収集状況を問い合わせ、送信の要否を確認します[4]。
おわりに
博士論文の公表にあたっては、リポジトリに関係する周辺知識が幅広く求められます。
私が初めて博士論文を登録する作業をしていたのは新型コロナウイルスが猛威を振るっていた2021年の初夏で、その頃は在宅勤務で登録を進めていました。幸い、上司や前任者の方々の協力があって登録を進めることができましたが、一人でただ黙々と作業をしているときはどこか不安だったことを思い出します。
大学図書館に配属される職員の人数によっては、少数の担当者で業務を組み立てなければならない状況の館も少なくないのではと思います。この記事が参考になりましたら幸いです。
次回は博士論文の収集について、国立国会図書館にインタビューを行います。博士論文のニーズや国立国会図書館側での業務の内容などをお伺いする予定です。お楽しみに!
[1] 学位規則の改正等について(概要)
https://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/03/13/1331809_03.pdf (参照2024-08-21)
[2]機関リポジトリ推進委員会コンテンツワーキングループ. 博士論文のインターネット公表化に関する現況と課題(報告). https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/records/405 (参照2024-08-21)
[3] 大学院部会(第63回) 議事録 (高等教育局大学振興課大学改革推進室)
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11293659/www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/004/gijiroku/1330732.htm (参照2024-08-20)
[4]2024年9月12日、国立国会図書館 博士論文担当に確認。
博士論文のインターネット公表のための参考資料集
1. 業務の全般的なこと
[a] 「オープンアクセス新任担当者相談会」資料:オープンアクセスリポジトリ推進協会. “学術コミュニケーションセミナー(JPCOAR Webinar)まとめ”. オープンアクセスリポジトリ推進協会ホームページ.
https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/monthly (参照2024-08-23)
[b] 高等教育局高等教育企画課高等教育政策室. “学位規則について”. 文部科学省ホームページ. 2013.
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakuin/detail/1331790.htm (参照2024-08-23)
[c]国立国会図書館. “ 国内博士論文の収集”.国立国会図書館ホームページ.
https://www.ndl.go.jp/jp/collect/hakuron/index.html (参照2024-08-23)
[d] 国立国会図書館と大学図書館との連絡会. “「学位論文電子化の諸問題に関するワーキング・グループ」中間報告”. 国立大学図書館協会ホームページ.
https://www.janul.jp/j/documents/coop/gakui_20_0327.pdf (参照2024-08-23)
※著作権については本文「6. 著作権処理に係る主要論点」P29-」を参照。
[e] 学位論文電子化の諸問題に関するワーキング・グループ. “学位規則改正に対する留意事項”. 国立大学図書館協会ホームページ.
https://www.janul.jp/j/documents/coop/gakui_25_0311.pdf (参照2024-08-23)
2.博士論文における著作権処理について
[f]「大学図書館における著作権問題Q&A」の最新版(2024-07-27現在、9.1.1版). 国公私立大学図書館協力委員会(JULIB)ホームページ. https://julib.jp/docs/copyright_docs (参照2024-08-23)
[g]東京大学情報システム部情報基盤課学術情報チーム(デジタル・ライブラリ担当), 2013, 博士論文と著作権: 東京大学情報システム部情報基盤課学術情報チーム (デジタル・ライブラリ担当).
https://doi.org/10.15083/00043124 (参照2024-08-23)
[h] JPCOAR 人材育成作業部会. “ケーススタディ 博士論文 機関リポジトリの著作権とケーススタディ(2020年12月6日版)”.
https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/records/588 (参照2024-08-23)
3.ハーベストの仕様について:
[i]データ連携 - 国立国会図書館(junii-2) . 学術機関リポジトリデータベースサポート.
https://support.irdb.nii.ac.jp/ja/harvest/junii2/dataprovide_ndl (参照2024-08-23)
[j]データ連携 - 国立国会図書館(JPCOARスキーマ) . 学術機関リポジトリデータベースサポート.
https://support.irdb.nii.ac.jp/ja/harvest/jpcoar/dataprovide_ndl (参照2024-08-23)
4.ハーベストエラーの対応について
[k]石津朋之, 大石柾洋, ハーベストエラー解消の手順: オープンアクセスリポジトリ推進協会.
https://doi.org/10.34477/0002000350 (参照2024-08-23)
5.DOIについて
[l] オープンアクセスリポジトリ推進協会コンテンツ流通促進作業部会. IRDBデータ提供機関のための DOI管理・メタデータ入力ガイドライン : JPCOARスキーマ ver1.0.x編. 2019.
https://doi.org/10.34477/0000000160 (参照2024-08-23)
[m] オープンアクセスリポジトリ推進協会コンテンツ流通促進作業部会. IRDBデータ提供機関のための DOI管理・メタデータ入力ガイドライン : JPCOARスキーマ ver2.0.x編.
https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/records/2000282. (参照2024-08-23)
[n] オープンアクセスリポジトリ推進協会コンテンツ流通促進作業部会. IRDBデータ提供機関のための DOI管理・メタデータ入力ガイドライン : junii2編.
https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/records/215. (参照2024-08-23)