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かたつむりの気になる国際動向

権利保持戦略、みんなちゃんとやってる?

佐藤 翔

24/3/13

同志社大学

1.権利保持戦略を勉強しよう

 連載第1回にて、英国では機関リポジトリによるセルフ・アーカイブ(グリーンOA)が機能していることを紹介しました 。ただし英国の場合、機関リポジトリへの登録は論文採択と同時にするのが義務ですが、それを一般に公開するまでにはエンバーゴ(猶予期間)が認められています。日本で2025年度新規採択分からの実施が予定されている[1]、論文出版と同時のOA(即時OA)をセルフ・アーカイブで実現しようとすると、多くの出版社はエンバーゴなしでのセルフ・アーカイブを認めていないし、出版にあたって著者は出版社(専ら海外の)に著作権を譲渡するよう求められるので自分の論文でも出版社の許諾なく公開できない、という問題に直面します。ことは著作権の問題、ということもあって最近ではオープンアクセス関係のセミナーでこの問題の専門家が招かれる機会も増えてきました。特に人間文化研究創発センターの鈴木康平氏(実は自分の大学の後輩にあたります)は引っ張りだこで、2023年中だけで4回も関連するセミナー等で発表されています[2]。

 その鈴木氏のセミナーでもしばしば取り上げられていますが、グリーンOAで即時OAを実現するための必殺技(?)として近年、注目を浴びているのが「権利保持戦略」(Rights Retention Strategy)。ハーバード大学文理学部のOAポリシーを下敷きにWellcome財団が練り、Plan Sが助成の要件に加えた[3]ことで一気に広がってきています。

 ……さもずっと知っている動向であるかのように書いていますが、自分もさわりくらいは知っていたものの詳しいところはあまりちゃんと勉強していませんでした、権利保持戦略(汗) 著作権関連のトピックは他に業界に専門家の方も多いし、基本的にものの把握が大雑把な自分はあまり適当に発言しない方がいいかとも思って、あまり深入りしないで過ごしているのですが……グリーンOAで即時OAやろうっていうならちゃんと勉強しないわけにはいかないじゃないかということに最近、気が付いた次第。逆に今、やっておけばちょっと先の未来に「みんな、権利保持戦略ちゃんとやってるの?」とか言っても許されるポジションを得られるのです! ……得られるか? もう手遅れ?


2.それで権利保持戦略ってどういうことなの?

 権利保持戦略、詳しい話はもちろん、鈴木氏の発表資料[4] [5]や、船守美穂氏の『カレントアウェアネス』ご寄稿等[6]を読んでいただいた方が良いとして、記事として扱うからにはここでも軽く触れておきましょう。

 端的に言えば、研究助成機関が、助成の条件として、助成を受けた研究者に対して、論文の著者最終稿にCC BYライセンスを付与することを義務付ける、という方式です。助成を受けた研究者は、論文を投稿する際、「オープンアクセスを目的に、著者は本論文投稿により派生する全ての著者最終稿について、CC BYライセンスを付与しました」といった文言をどこか(謝辞あるいはそれに相当する部分、もしくは論文投稿時につけるカバーレター)に入れるよう、求められます。出版社に著作権を譲渡するのは論文の査読が終わり、出版に至っていく段階なので、それに先んじてCC BYライセンスを付与しておくと、一度つけたCCライセンスは著者でも撤回できないので、著作権を譲渡しても有効のままである、と。そして著者最終稿にCC BYライセンスがついていれば、著作権者が変わっても、元々の著者は自由にセルフ・アーカイブできる、という話になるそうです。……なんかバグ技みたいな話ですがきちんと有効であるとのこと。

 Plan Sの権利保持戦略に表立って反発した出版社はいなかったものの、素直に従ったわけでもなく、「そうは言ってもエンバーゴなしでセルフ・アーカイブにはできませんよ」と研究者に説明したり、権利保持戦略の下にあることを示す先の文言が入っている論文はOA雑誌に投稿するよう著者を誘導する等の妨害を試みる出版社も存在するとか。それに対抗してハーバード大学のケースと同様、所属大学が権利保持戦略を組み込んだOA方針を採用する例も出てきているそうです[7](雇用契約を結んでいる分、助成機関の方針より強制力が強いと考えられる……そうなんですが、そうなんだろうか……?)。例えば後述するスコットランドのエディンバラ大学等もそうしたケースに該当します。


3.「権利保持戦略」でグリーンOAは増えているの?

 「権利保持戦略」、なんという必殺技! これで即時グリーンOAもどんどん増えていくに違いない!……と思いきや、Plan Sの場合は必ずしもそうとも限らないようです。2022年のPlan S年次報告によれば、Plan Sの対象となる助成論文のうち、2022年出版のものでグリーンOAになっているのは14%。2021年出版論文は19%、2020年出版論文は22%なので、グリーンOAの割合は漸減しています。ゴールドOAやハイブリッドOA論文は年々微増傾向ということなので、OA化の割合自体が減っているわけではありません。年次報告では出版社のエンバーゴ期間が終われば2022年論文のグリーンOA率は増えるだろうとされていますが[8]、「え、それじゃあ即時OAじゃないじゃん!? 権利保持戦略はどうなってるの!?」と突っ込みたいところ。

 助成機関ではなく大学が権利保持戦略を組み込んだOA方針を持っている場合はどうでしょう? 例えば前述のエディンバラ大学について、新方針発表後の2022年に出版された論文のOA状況に関しての報告が公開されています[9]。報告によれば、2022年論文の78%(3,519本)がOAになっており、そのうちリポジトリでグリーンOAになっているものは958本(OA論文の27%、全論文の21%)でした。さらにグリーンOA論文のうち、67%(644本)は雑誌での出版後1ヶ月以内に、16%(157本)はそもそも雑誌での出版前にリポジトリで公開されていたとのことで、あわせて8割以上が、ほとんど即時OAと言える形でグリーンOAになっていたとされています。エンバーゴ期間中として公開されていない論文も576本と、即時グリーンOAになっているものに匹敵する程度には存在したともされていますが、かなりの割合の論文がグリーンで即時OAになっている、というのは勇気づけられる話です。

4.そもそも「権利保持戦略」の文言をみんな論文に入れているのか?

 ところでグリーンOAの状況に加えて気になるのはその前段階、そもそもみんな、「オープンアクセスを目的に、著者は本論文投稿により派生する全ての著者最終稿について、CC BYライセンスを付与しました」という権利保持戦略に関する文言を、本当に論文に入れて投稿しているのか、という点です。それを入れていないなら著者最終稿にCC BYライセンスは付与できておらず、即時グリーンOAも認められないはず。

 この点についてはPlan S発効から間もない2021年時点で、cOAlition Sのブログで状況報告がなされています[10]。権利保持戦略に関する文言を論文のどこに入れるかについては、先に書いたとおり論文本体の謝辞か、投稿時につけるカバーレターに入れるのが「ベストプラクティス」と見込まれています[11]。カバーレターのみに入れていた場合は出版された論文からは特定しえなくなってしまいますが、謝辞に入っていれば誰でも状況を確認できます。cOAlition Sの報告ではGoogle Scholar等を用いて謝辞に権利保持戦略に関する文言を含む論文を特定し、500本以上を実際に発見したとのことです。佐藤が同じくGoogle Scholarを使って試しに検索してみたところ、2021年出版論文で関連する文言を含むものは約1,200本で、さらに増えていたようです。ただ、2021年に出版されたPlan S助成論文は約20万本もあるので、仮に権利保持戦略に関する文言を含む論文がすべてPlan S対象論文であるとしても、全体のごくわずか(約0.25~0.6%)ということになります。その後も年々、権利保持戦略に関する文言を含む論文は増えているものの、割合としては多く見積もって3%程度というところです。

 もっともGoogle Scholarで検索する方法だと、ちょっと文言が変わっていれば見つかりませんし、全文が検索できないものもあるかもしれません。よりきちんとした調査として、先にもあげたエディンバラ大学の報告があります[12]。同報告によれば、グリーンOAになっている論文958本中、権利保持戦略に関する文言を含む論文は103本(11%)であったとのこと。……Plan Sの場合に比べるといい割合とはいえ、やはり少ない……グリーンOA以外の手段でOAになっている論文の方は集計されていないので、エディンバラ大学の論文全体に占める割合はさらに下がると予想されます。さらに言えばエディンバラ大学の場合、権利保持戦略に関する文言抜きで即時グリーンOAになっている論文がすごいいっぱいあるということにもなります。

 どうにも、多くの研究者は「論文をOAにする」という条件はきちんと遵守しようとするようですが、それに比べると権利保持戦略に関する文言をちゃんと論文に含める、という条件はあまり守られていないようです。まったく、「みんな、権利保持戦略ちゃんとやってるの?」

 とはいえPlan Sの場合はゴールドOAや(事実上の)ハイブリッドOAで論文をOAにすることも認められていたので、「そっちを選んでいるんだから権利保持戦略とかいいじゃん」と思った研究者も多かったのかもしれません。しかし日本で想定されている2025年OA方針のようにグリーンOA一本でいく場合、もし権利保持戦略を併用するのであれば、どうやって研究者にちゃんと文言を謝辞等に入れてもらうか、という点も考える必要がありそうです。



 

[1] “公的資金による学術論文等のオープンアクセスの実現に向けた基本的な考え方”. https://www8.cao.go.jp/cstp/231031_oa.pdf, (参照2024-02-01).

[2] “鈴木康平”. Researchmap. https://researchmap.jp/koheisuzuki, (参照2024-02-01).

[3] Plan S Annual Review 2022. https://www.coalition-s.org/wp-content/uploads/2023/03/Plan-S-Annual-Report-2022.pdf, (参照2024-02-01).

[4] 鈴木康平. “OA時代の著作権”. UniBio Press シリーズ学術出版を学ぶ(26). 2023-06-29. https://researchmap.jp/koheisuzuki/presentations/42759745/attachment_file.pdf, (参照2024-02-01).

[5] 鈴木康平. "オープンアクセスにおける著作権とライセンス". 第2回J-STAGEセミナー(JST-STMジョイントセミナー). 2023-11-1. https://www.jstage.jst.go.jp/static/files/ja/pub_JSTAGEseminar_report2310.pdf, (参照2024-02-01).

[6] 船守美穂. 即時オープンアクセスを巡る動向:グリーンOAを通じた即時OAと権利保持戦略を中心に.カレントアウェアネス. 2023, no.358, CA2055, p.15-23. https://current.ndl.go.jp/ca2055

[7] 前掲6)

[8] 前掲3)

[9] Tate, Dominic. Open Science Policies at the University of Edinburgh: Putting Policy into Practice. Septentrio Conference Series. 2022, no.1. https://doi.org/10.7557/5.6759, (参照2024-02-01).

[10] Mounce, Ross. “Observing the success so far of the Rights Retention Strategy”. Plan S. https://www.coalition-s.org/blog/observing-the-success-so-far-of-the-rights-retention-strategy/, (参照2024-02-01).

[11] “What Is Rights Retention?”. The University of Melbourne Library. https://library.unimelb.edu.au/open-scholarship/rights-retention, (参照2024-02-01).

[12] 前掲9)


 


文:佐藤 翔( 同志社大学 )
1985年生まれ。2012年度筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科修了。博士(図書館情報学)。2013年度より同志社大学助教。2018年度より同准教授。図書館情報学者としてあっちこっちのテーマに手を出していますが、博士論文は機関リポジトリの利用研究で取っており、学術情報流通/オープンアクセスは今も最も主たるテーマだと思っています。学部生時代より図書館・図書館情報学的トピックを扱うブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」を開始。ブログの更新は絶賛滞っているものの、現在は雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』誌上で同名の連載を毎号執筆中。本連載タイトルもそれにちなんだもの。ちなみに「かたつむり」は高校生の頃に友人が適当につけたハンドルネーム(みんみんじゃあ。関東の一地方のかたつむりの方言であると直前の授業で紹介されていたとか)が由来で、佐藤本人は特にかたつむりに強い思い入れはありません。

 

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