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ワタリポ(ワタクシ的リポジトリ)
私の異常な愛情:または私は如何にして記憶の中からリポジトリにこじつけた映画三作をひねりだしたか
金子 尚登
24/4/19
広島大学
JPCOARウェブマガジンがスタートして半年がたちましたが、新たに連載企画を立ち上げることになりました。題して「ワタリポ:ワタクシ的リポジトリ」ということで、「リポジトリ」という単語を貯蔵庫、保管庫と捉えた上で、個人のリポジトリ的なことがら(それこそ趣味やコレクションなど)を熱く語ってもらいながら、JPCOAR作業部会のお仕事紹介もして、読者のみなさんにもっと親しんでもらおうという連載記事です。「ワタリポ」のかっこいいロゴもJPCOAR広報・普及作業部会員(以下広報部会)の山下氏(企画自体の発案者でもあります)が作成しています。地がグラデーションになっているのは「リポジトリに収めるものは、多彩なものであれば」という意味が込められていますので、内容もバリエーションに富んだものになるといいかなと思います。
さて、初回の担当という大役をついうっかり引き受けた私ですが、改めて自己紹介しますと広報部会員の金子と申します。2023年度から広報部会に参加しております。現在は直接リポジトリの業務に携わっているわけではないのですが、所属機関も変わったので1年間ずっとあたふたしていた気がします。年度替わりでまだ不確定ですが、今年度もできれば引き続きお世話になりたいと考えております。
ということで、早速ですが広報部会のお仕事の紹介をさせていただきます。ルーティン作業については次の広報部会の方にお任せするとして、大きなお仕事の一つである、この「JPCOARウェブマガジン」ができるまでを簡単にお話ししたいと思います。
ウェブマガジンの記事を作成する上で、スタート地点になりつつあるのが編集会議です。三か月に1回程度で企画案を持ち寄って、記事になるか、いつ頃記事にするのがいいかなどを検討していきます。企画案を揉んで練ってたたいてこねて時には熟成させつつ、記事にできそうと判断したら発行スケジュールにはめ込み、担当者を各記事2~3人決めていきます。広報部会以外の方に書いていただく場合は執筆依頼をして、企画が動き出します。その際に、記事案はJPCOARの運営委員会にも報告しています。また、イベント報告などはあとからスケジュールにはめ込まれることもあります。さて締め切りがきて無事に原稿を徴収できましたら、担当者のチェックが入ります。個人情報の許諾確認や著者修正を経て、広報部会全体のチェックと著者の最終確認、事務局のチェックが終ったらめでたく公開ということになります。さらに公開したことをJPCOARウェブサイト、X、Facebook、メーリングリストで広報するのも大事なことです。この記事も1月の編集会議で概要と執筆者(私)は決まっていて、この原稿を書いているのは2月なのです。予定では4月の前半に公開されているはずですが、結果はどうだったでしょうか。
では「ワタクシ的リポジトリ」の本題に入らせていただきます。この企画を最初に聞いた時、実家のお猫様たちの写真集が真っ先に頭に浮かびましたが、さすがにそれだけでは記事になりません。いろいろ考えましたが、オープンアクセスに言い訳程度にこじつけてからめて、私の頭の中のリポジトリに留め置かれている映画を三作ご紹介させていただこうと思います。
ワタリポNo.1 『薔薇の名前』
まず一作目はご存じの方も多いと思いますが、『薔薇の名前』(監督:ジャン・ジャック・アノー 出演:ショーン・コネリー、クリスチャン・スレイター他 1986)です。原作はイタリアの記号論学者ウンベルト・エーコによる小説で、中世イタリアの修道院で起こる連続殺人事件を描く歴史ミステリです。
特に修道院の中にある迷宮のような文書館(図書館)が重要な役回りを果たしていて、ここでは書物(=知識)が力であり、何か権力の象徴のようにも扱われています。図書館はむしろ人々と知識を分かつための障壁になっていて、(ネタバレしないように書くの難しいですが)書物に書かれた知識(情報)をオープンアクセスにするかしないかのせめぎ合いのお話でもあるのかなと思っています。原作はたくさんの隠喩がちりばめられ、メタフィクション仕立てでもあり、それこそいくらでも考察する余地がある(らしい)のですが、映画版はシャーロック・ホームズになぞらえたキャラクターである、ウィリアム修道士の活躍するミステリ要素に絞って作られているので、そんなに構えなくても大丈夫です。私自身は劇場で観る機会を逃し続けていますが、光と闇のコントラストが美しいあの映像は、一度は大きなスクリーンで観たいものです。
ワタリポNo.2『アメリカン・アニマルズ』
つづいてはぐっと最近の映画ですが、めずらしく大学図書館が大きくとりあげられている『アメリカン・アニマルズ』(監督:バート・レイトン 出演:バリー・コーガン、エヴァン・ピーターズ他 2018)です。アメリカのごく普通の大学生四人が、トランシルヴァニア大学の図書館が所蔵している高額な貴重書を盗んだ実話を映画化したもので、2004年に起きた事件ですから、そんなに昔の話ではありません。この資料はジョン・オーデュポンによる“Birds of America”(『アメリカの鳥類』)という画集の初版で、オークションで数百万から一千万ドル以上の値が(今なら日本円で十五億円くらいになってしまうでしょうか)が付いたこともあるそうです。電子資料費何年分かなと考えてしまいますね。それなのに少なくとも映画の中では司書が一人いるだけの専用閲覧室で現物が展示されていたので、さすがにセキュリティ的にそれはどうなのかと驚きました。サイズは一メートル近くあるような大型の資料で、こっそり持ち出せるようなものではないのですが、杜撰な手口の彼らに現に盗まれてしまいますしね。今は画像をデジタル公開(オープンアクセス…ということにしておきましょう)しているところもありますし、ちゃんとしまってあるとは思いますが。
この映画がちょっと変わっているのが、モデルになった人物本人たちのインタビューが間に差し込まれていて、ドキュメンタリー要素もあることです。個人的にはそういった作為的な要素は好きなのですが、でもそれが必ずしも映画の面白さに繋がっていないように思えました。また、彼らはタランティーノ監督による映画『レザボア・ドッグス』に倣って計画立てたのだそうです。そちらを観た方はご承知でしょうが、「それは真似してはだめでしょう!」と思わず突っ込んでしまいました。
ちなみにこちらの日本公開は2019年5月17日ですが、翌5月18日にはドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が日本で公開されていて、なんで図書館がらみの映画が立て続けに?と思いましたが、おそらく偶然です。
ワタリポNo.3『ザ・ホエール』
最後は『ザ・ホエール』(監督:ダーレン・アレノフスキー 出演:ブレンダン・フレイザー、ホン・チャウ他 2022)です。2023年3月に発表されたアカデミー賞では主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞の二部門を受賞していて、しばらく不遇の時が続いていた主演のブレンダン・フレイザーの復活劇としても話題になりました。
物語は恋人を亡くしたことがきっかけで過食症におちいり極度に肥満した主人公のチャーリーが、余命わずかなのを悟り、何年も会っていない娘のためにできることをしようとする数日間を描いています。
本作には図書館は一切出てこないのですが、映画の序盤にチャーリーが自分の体の状況を知るためにWebを検索していて、某出版社の電子ジャーナルに収載された文献(https://doi.org/10.1093/eurheartj/ehi022)を見つける場面があります。これはオープンアクセス(おそらくブロンズOA)になっていて本文を閲覧できるのですが、彼が行動を起こすきっかけの一部になっていて、中々重要なシーンになっています。これを「風が吹けば桶屋がもうかる」式で考えると「論文がオープンアクセスだったからチャーリーは自分の状態を知る」→「だからあのストーリーになる」→「だからフレイザーの素晴らしい演技とそれを引き立たせたメイクアップが評価される」→「だからアカデミー賞とった」となり、よって「論文がオープンだからアカデミー賞とった」と言っても過言ではないのです(過言です)。
この場合はこじつけもいいところですが、「映画関連技術の進化に貢献した」等でしたら、まったくありえない話ではないように思います。「オープンアクセスだったら誰かアカデミー賞とるかも…」と考えたら、ワクワクしてきませんか。電子ジャーナルが劇映画に出てきたのをはじめてみたので、作品の出来以上に強く印象に残っている作品になりました。
さて最後はオープンアクセスとは関係ありませんが、ずっと気になっていることをお尋ねして終わりにしたいと思います。なんで映画の中の図書館で過去の新聞記事を調べるとき、いまだにマイクロフィルムリーダーなのでしょう。オンラインデータベースも使ってあげてください。